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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)4号 判決

東京都千代田区平河町2丁目4番16号

原告

株式会社ダイフレックス

代表者代表取締役

三浦慶政

訴訟代理人弁護士

中村稔

辻居幸一

窪田英一郎

訴訟代理人弁理士

山下穣平

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

指定代理人

藤井彰

和田靖也

市川信郷

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、昭和63年審判第13895事件について、平成3年10月24日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和58年1月14日、名称を「防水シートの製造法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし(昭和58年特許願第3378号)、昭和61年9月17日出願公告(特公昭61-41736号)がなされたが、訴外日新工業株式会社から特許異議の申立てがあり、昭和63年4月8日に拒絶査定を受けたので、昭和63年8月4日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第13895号事件として審理したうえ、平成3年10月24日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年12月9日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

「アスファルト100重量部に対しゴム分として熱可塑性ゴムを少なくとも5重量部配合したゴムアスファルトを、排気用ベント口と連適する様片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するシートに成形することを特徴とする防水シートの製造法。」

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、「カリフレックス技術資料 No.TB.70“カリフレックズ”熱可塑性ゴムービチュメンへの応用-」(以下「引用例1」という。)、「技術資料 No. TB-81カリフレックスTRについて」(以下「引用例2」という。)、「カリフレックス技術資料 No. TB-83 熱可塑性ゴムによるビチュメンの改質」(以下「引用例3」という。)を引用し、これらは、各々、昭和51年2月、昭和51年12月、昭和56年3月に、シェル化学株式会社により、印刷・発行され、頒布された刊行物であると認めたうえ、本願発明は、これらに記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであると判断し、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1~3の記載事項、本願発明と各引用例記載の発明との一致点・相違点の各認定は認める。

引用例1~3がシェル化学株式会社により印刷・発行されたものであるとの認定は認めるが、その時期が各々昭和51年2月、昭和51年12月、昭和56年3月であるとの認定及びそれらが頒布された刊行物であるとの認定は争う。

相違点についての検討につき、排気用ベント口と連通するよう片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するシートに成形した防水シートの構造自体は当業者に周知であるとする部分(審決書6頁16~7頁2行)及び「してみると、従来のゴムアスファルトに代えて、前記熱可塑性ゴム入りアスファルトを採用し、前記周知構造に成形して、防水シートを製造することは、当業者が容易に推考し得る程度のものと認められる。」(審決書7頁18行~8頁3行)との部分を争い、その余を認める。

審決は、各引用例は、いずれも、本願出願前に頒布された刊行物(以下「公知文献」という。)でないのに、公知文献であると誤認し(取消事由1)、相違点についての検討を誤って本願発明の構成の容易推考性の判断を誤り(取消事由2)、その結果誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(各引用例の公知文献性の認定の誤り)

審決は、各引用例の公知文献性につき、「引用例1~3が、各々、昭和51年2月、昭和51年12月及び昭和56年3月に、シェル化学株式会社により、印刷・発行され、頒布された刊行物であることは、同じく甲第6号証である昭和61年11月10日付けのシェル化学株式会社、取締役、ポリマー部長発、前記特許異議申立人宛の「カリフレックスTR技術資料の頒布証明について」との有印証明書及び前記引用例1~3の最終頁の年・月の記載からみて、明らかであると認められる。」と認定した。

各引用例がシェル化学株式会社により作成されたものであること、各引用例の最終頁に審決認定の上記各年・月の記載があること、上記昭和61年11月10日付け「カリフレックスTR技術資料の頒布証明について」との有印証明書(審判事件甲第6号証、本訴乙第1号証)がシェル化学株式会社取締役ポリマー部長渡辺弘育によって作成されたものであり、被告主張の記載があることは認めるが、これらの事実は、「引用例1~3が、各々、昭和51年2月、昭和51年12月及び昭和56年3月に、シェル化学株式会社により、印刷・発行され、頒布された刊行物であること」を認定する根拠として十分なものではない。

すなわち、シェル化学株式会社と異議申立人である日新工業株式会社とは取引関係にあること、各引用例の最終頁の記載が具体的にどのような意味を有するか明らかでないこと、仮に各引用例の最終頁に記載された年・月が印刷の年・月を意味するとしても、そのことが真実そのころ頒布されたことに直ちに結び付くわけではないこと、仮に頒布されたとしても、頒布を受けた者に守秘義務を負わせることなく頒布されたとは限らないこと等に照らすと、審決の上記認定は十分な根拠なく行われた誤ったものといわなければならない。

2  取消事由2(相違点についての認定判断の誤りに基づく容易推考性についての判断の誤り)

審決は、

〈1〉  排気用ベント口と連通するよう片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するよう成形した防水シートの構造自体は、当業者に周知のものであること(必要ならば、特公昭54-9415号公報、特開昭54-156322号公報及び特開昭55-155858号公報参照)(審決書6頁16行~7頁2行)

〈2〉  各種建築物の防水のためのゴムアスファルトからなる防水シート自体は、一般によく知られているものであること(同7頁3~5行)

〈3〉  アスファルトにSBR等を混入した従来のゴムアスファルトと比較しての、熱可塑性ゴムを混入したものの物性等の優位性は、引用例2に明記されていること(同7頁6~9行)

〈4〉  引用例1に、熱可塑性ゴム及びアスファルトを含有するシーティング配合物が、ルーフィング、防水膜等の用途を有すること、及び、シーティング用配合物を押し出し及びカレンダリングしてシートを得る旨が記載されていること(同7頁9~14行)

〈5〉  引用例3に、熱可塑性ゴム入りアスファルトを平屋根用のルーフィング・フェルトのコーティングに用いること及び強度、加重疲労に対する抗性等の優れたものが得られる旨が記載されていること(同7頁14~18行)

の各事項を認定したうえ、これを根拠に

「してみると、従来のゴムアスファルトに代えて、前記熱可塑性ゴム入りアスファルトを採用し、前記周知構造に成形して、防水シートを製造することは、当業者が容易に推考し得る程度のものと認められる。」(同7頁18行~8頁3行)

と判断した。

審決の上記各事項の認定は認めるが(ただし、〈1〉につき、それが公知であることは認めるが、周知であることは争う。)、これらの事項は上記判断の根拠として十分なものではなく、審決がこれらの事項から上記判断をしたのは誤りである。

(1) 審決認定〈1〉の事項について

〈1〉  排気用ベント口と連通するよう片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するよう成形した防水シートの構造自体(以下、この構造を「本件構造」ということがある。)が知られていたとしても、それは、あくまでも、特定の構成により、あるいは、特定の材料あるいは材質のものについて、このような構造を採用することが知られていただけであって、いかなる材料あるいは材質であるか等を問わずこのような構造を採用することが知られていたというわけではない。

審決が周知例として挙げるもののうち、特公昭54-9415号公報(甲第8号証、以下「参照公報1」という。)記載の発明は、ゴムシートに多数の条溝又は多数の陥没部を有する軽量シートを貼り合わせたものよりなる防水シートである。

この防水シートにおいては、「施工時内包した空気はベンチレーションなどで外部に導くことも可能」とされているが、施工後の残留空気については排気することは考えられておらず、また、「排気用ベント口と連通する様」にはなっていない。

このシートは、ゴムシート自体を成形して溝を設けるものではなく、平坦な面のゴムシートと条溝を設けた軽量シートという二つのシートを貼り合わせた防水シートである。

このシートの材質は、「ゴム」であって、「ゴムアスファルト」でもなければ「熱可塑性ゴム入りアスファルト」でもない。

同じく特開昭54-156322号公報(甲第9号証、以下「参照公報2」という。)記載の発明は、アスファルトあるいは合成高分子よりなる防水シートの裏面に感圧性接着剤からなる突起を設け、その突起の間に溝路を設ける防水シートである。

このシートもまた、アスファルトあるいは合成高分子よりなるシート自体に突起や溝路を設けるものではなく、平坦な面のシートに感圧性接着剤を突起状に塗着させたものである。

ここでは、実施例において、ゴムアスファルトが用いられているが、ゴムアスファルトは接着剤として用いられているにすぎず、そこには、ゴムアスファルト自体を防水シートそのものとして用いるとの思想は全く見られず、ましてや、ゴムアスファルトを用いて、排気用ベント口と連通するよう片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するよう成形した防水シートを一体に成形するという発想はない。

同じく特開昭55-155858号公報(甲第10号証、以下「参照公報3」という。)記載の発明は、防水シートとなる素材自体により、本件構造を一体的に成形したものであるが、その素材は合成樹脂であって、「ゴム」でもなければ、「ゴムアスファルト」でもなく、いわんや「熱可塑性ゴム入りアスファルト」でもない。

〈2〉  上述したところからも明らかなように、本件構造の採否を決定するに当たっては、どのような構成にするか(例えば、一体的に成形するか、接着剤シート等を付加するか)、どのような材料あるいは材質を採用するかが、当業者にとって極めて重要な問題であり、これを無視して、ただ本件構造が知られていることだけから、この構造を採用することが当業者にとって容易であるとするのは、暴論以外の何物でもない。

〈3〉  この観点からゴムアスファルトを見ると、本願出願前においては、ゴムアスファルトそのものに溝を設ける方法は産業上不可能であるというのが、当業者の技術常識であった。

これは、一つには、ゴムアスファルトでは、溝にその構造に耐えるに十分な強度を与えるためには加硫が必要であるのに、製造工程からいって加硫をしていたのでは採算がとれないからであり、一つには、ゴムアスファルトは、一般に粘着度が高く、ゴムアスファルトからなるシートを形成したりこれを加工したりするのに非常な困難を伴い、例えば、ゴムアスファルトを単なる平坦なシート状としてその後これを巻き取る場合も、冷却したり、ゴムアスファルトの両面に砂をまぶしたり、付着性のないシートを貼ったりしなければならないという問題があり、このようなゴムアスファルトそのものに溝を施すことは不可能であると考えられていたからである。

熱可塑性ゴム入りアスファルトも、粘着度が高いという点においては、通常のゴムアスファルトと変わるところはなく、場合によっては、粘着度がより高くなる性質を有していた。このため、熱可塑性ゴム入りアスファルトが紹介され、当業者に知られるようになってからも、産業上利用できるような方法でこれに溝を設けることは不可能であるとの当業者の認識は、決して変わることはなかった。

〈4〉  本願発明の発明者は、このような常識があったにもかかわらず、何とかゴムアスファルトそのものに溝を施す方法はないかと研究を重ね、材料として従来のゴムアスファルトに代えて熱可塑性ゴム入りアスファルトを採用することにより、かつ、アスファルトと熱可塑性ゴムの配合割合を限定することにより、ゴムアスファルトそのものに溝を成形することに成功し、上記当業者の常識を覆したのである。

(2) 審決認定〈2〉の事項について

各種建築物の防水のためのゴムアスファルトからなる防水シート自体は従来からよく知られていたとしても、このようなゴムアスファルトからなる従来の防水シートは、平坦な面のものであって、このような素材を本件構造に成形することが当業者の技術常識に反することであったことは、上述のとおりである。

したがって、各種建築物の防水のためのゴムアスファルトからなる防水シート自体は従来からよく知られていたとの事実は、素材を本件構造に成形することを特徴とする本願発明につながる要素を何ら有するものではない。

(3) 審決認定〈3〉の事項について

熱可塑性ゴム入りアスファルトを含め、ゴムアスファルトに産業上利用できるような方法で溝を設けることは不可能であるとの強い認識が当業者に存在していたことは上述のとおりであり、このような状態の下で引用例中の審決指摘の記載やこれに関連して被告の指摘する記載を見ても、上記認識が変わることはありえない。

引用例1でいうシーティング用配合物は、その「4.4.4.シーティング配合」(甲第5号証15頁)に記載されているように、ビチュメン(注、アスファルトと同義)200重量部に対しカリフレックスTR-1101を100重量部混合したコンパウンドであり、熱可塑性ゴムの含有量が非常に多くなっている。

これは、このコンパウンドの本質が、本願発明におけるようにアスファルトを改善することにあるのでなく、熱可塑性ゴムを改善するところにあることに由来するのであり、その結果、上記コンパウンドから得られるシートは、改善された熱可塑性ゴムのシートであると考えられ、改善されたアスファルトのシートである本願発明のシートとは、本質的に異なる。

(4) 審決認定〈4〉の事項について

ゴムアスファルトからなる従来の防水シートは、平坦な面のものであって、このような素材を本件構造に成形することが当業者の技術常識に反することであったことは、上述のとおりである。

そうとすれば、引用例1に審決認定の記載があるとしても、それは、熱可塑性ゴム入りアスファルトを平坦な面の防水シートにすることにつながるだけであり、これを本件構造に成形することには全くつながらない。

(5) 審決認定〈5〉の事項について

引用例3に、熱可塑性ゴム入りアスファルトを平屋根用のルーフィング・フェルトのコーティングに用いることが記載されているとしても、そこでいう「コーティング」とは、熱可塑性ゴム入りアスファルトをシート状にしたものを指すのではなく、建築現場等においてルーフィング・フェルト(不織布)の上から熱可塑性ゴム入りアスファルトを塗布してルーフィング等を形成することを意味するものであるから、これをもって、熱可塑性ゴム入りアスファルトをシート状に形成することを示唆するものとすることはできず、まして、本件構造に成形することを示唆するものとすることはできない。

(6) 本願発明が出願されたのは、昭和58年1月14日であり、これは、引用例1が発行されたとされる昭和51年2月、参照公報1に係る発明が公開された昭和50年3月29日から7~8年も後のことである。

審決の論法をもってすれば、本願発明の防水シート製造法はその出願の7~8年前に既に容易に想到できたはずであるのに、現実には、その後も、従来の防水シートに比較して格段に防水性、耐久性において優れた溝付きの熱可塑性ゴム入りアスファルトの防水シートは製品化されていない。

本願発明が当業者にとって容易に想到することができないものであったことは、このことからも明らかといわなければならない。

(7) 特公昭61-26943号公報(甲第12号証)は、特許庁において特許すべきものとされた「アスフアルト100重量部に対しゴム分としてブタジエンオリゴマージオールとイソシアネート又はイソシアネートプレポリマーとを少なくとも5~50重量部配合したゴムアスフアルトを、片面に多数条の連通した凹溝を有するシートに成形することを特徴とする、防水シートの製造法。」に関する特許公報である。

同公報に係る発明(以下「別件発明」という。)は、本願と同日付けで出願され、「ゴムアスフアルト」を「片面に多数条の連通した凹溝を有するシートに成形することを特徴とする、防水シートの製造法。」である点において本願発明と共通し、ゴム分として用いる成分において相違する。

防水シートにおいて「片面に多数条の連通した凹溝を有する」構造自体は参照公報1~3により知られていたにもかかわらず、別件発明が特許をすべきものとされたのは、同発明に係る昭和62年審判第15025号の審決(甲第11号証)に示されているとおり、同発明の素材を採用し、これに上記構造を成形することに進歩性があると判断されたことにほかならない。

特許庁の上記判断は正当であり、この判断からすれば、熱可塑性ゴム入りアスファルトを素材として採用し、これを上記構造に成形することを特徴とする本願発明が特許を受けられないとする理由はないはずである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がない。

1  取消事由1について

(1)  審決が挙げたシェル化学株式会社取締役ポリマー部長渡辺弘育作成の、昭和61年11月10日付け日新工業株式会社宛「カリフレックスTR技術資料の頒布証明について」と題する有印証明書(審判事件甲第6号証、本訴乙第1号証)には、「弊社の下記技術資料は、後記年月に印刷、発行され、弊社の得意先(アスファルトメーカー、ルーフィングメーカー、道路関連業者等)、代理店及びその他不特定多数の第三者に頒布されたことを証明いたします。」と記載されたうえ、「記」として、それに続いて1~5の資料が記載されている。

上記1~5のうち3~5の記載は、それぞれ、「3.技術資料 NO-TB70“カリフレックス”熱可塑性ゴムービチュメンへの応用- 印刷・発行年月:昭和51年2月」、「4.技術資料 NO-TB81カリフレックスTRについて 印刷・発行年月:昭和51年12月」、「5.技術資料 NO-TB83熱可塑性ゴムによるビチュメンの改質 印刷・発行年月:昭和56年3月」というものであり、これらの記載からすれば、上記3~5の技術資料が各引用例を示すことは明らかであり、そこに印刷発行年月として記載された年・月は、各引用例の末尾のかっこ内に記載された年・月と一致している。

上記事実と引用例1~3の記載内容及び体裁によれば、引用例1~3は、いずれも、シェル化学株式会社の製品である熱可塑性ゴム「カリフレックスTR」について、その性質、用途等を記載した技術資料であり、これらが、そこに掲げられた自社製品の優位性を宣伝し、販売促進につなげることを目的としたものであることは、明白である。

このような資料に付記される年・月は、印刷の年・月を表すのが通常であり、かつ、上記目的を有する資料は、印刷後できるだけ速やかに、できるだけ広い範囲に、得意先を始め関連業界等に頒布されるべきものである。

また、各引用例がこのような資料として作成されたものである以上、それに関する秘密性が問題とされることはありえない。

以上の事実によれば、引用例1~3が本願出願前既に広範に頒布されていた刊行物であることは、明らかなことといわなければならない。

(2)  本願明細書には、「本発明方法においては熱可塑性ゴムが使用されるが、これは溶融して所定の形状に成形するのみで加硫なしでゴム製品が得られる。この様なゴムとして、たとえばリチウム触媒を用いて製造されるブタジエン・スチレンのSBSブロックコポリマー(たとえばシエル社製のカリフレツクス)が例示できる。」(甲第2号証、本件公告公報2欄末行~3欄6行)と記載されている。

この記載は、原告が、本願出願時において、本願発明に係る熱可塑性ゴムの物性等を「カリフレックス」という商品でもって具体的に把握していたことを物語るものであり、これは、「カリフレックス技術資料」である引用例1~3が本願出願前頒布された刊行物であることを原告が自認していることにほかならない。

2  取消事由2について

(1)  引用例1~3には、本願発明の「アスファルト100重量部に対しゴム分として熱可塑性ゴムを少なくとも5重量部配合したアスファルト」に該当するものが記載され、このものをシートとすること、このものをルーフィング、防水膜等に用いることが記載され、このものをルーフィング・フェルトのコーティングに用いることも記載されている。

したがって、上記熱可塑性ゴムを配合したアスファルトを用いて防水シートを製造すること自体が、各引用例に記載されているということができることは明らかであり、このこと自体は原告も認めるところである。

引用例1~3に、そこに示される熱可塑性ゴムを配合したアスファルトを用いて製造される防水シートの形状・構造について明示的に述べられていないことは事実であるが、審決もこれを本願発明との相違点として認めたうえでその結論を導いているのであるから、これが審決の違法性につながるものでないことはいうでもない。

その素材や製造法の選択の問題は別として、本件構造自体が本願出願前周知であったことは、審決認定のとおりであり、この構造自体が知られていたことは、周知か公知かの相違はともかく、原告の認めるところである。

また、「アスファルトにSBR等を混入した従来のゴムアスファルトと比較しての、熱可塑性ゴムを混入したものの物性等の優位性は、前記引用例2に明記されている」(審決書7頁6~9行)、「引用例3には、熱可塑性ゴム入りアスファルトを平屋根用のルーフィング・フェルトのコーティングに用いること及び強度、加重疲労に対する抗性等に優れたものが得られる旨が記載されている」(同7頁14~18行)との審決の認定も、原告の認めるところである。

そうとすれば、従来のゴムアスファルトに代えて上記熱可塑性ゴムを配合したアスファルトを採用し、その形状として上記周知の本件構造を採用して本願発明のものと同じ製造法とすることが、当業者が容易に推考しうる程度のことにすぎないことは、明らかなことといわなければならない。

(2)  原告は、本件構造自体は知られていたとしても、この構造をゴムアスファルトからなる防水シートに適用することは、ゴムアスファルトのものと考えられていた強度及び粘着性を根拠とする技術常識に反するものであった旨強調する。

しかし、仮にそうであるとしても、引用例1~3の中に、これらに記載された熱可塑性ゴム入りアスファルトにはその技術常識が当てはまらないことを明らかにする記載があることは以下に述べるとおりであるから、上記の結論に何らの影響も及ぶものではない。

〈1〉 熱可塑性ゴム入りアスファルトの強度について

ゴムアスファルトであっても、加硫すれば上記構造に耐える強度が得られると認識されていたことは、原告も認めるところである。

ところが、熱可塑性ゴムそのものが、通常のゴムに加硫したものと同等の性質を有することは、引用例2、3の記載により容易に明らかとなる事項である。

引用例2には、「ドメインは、ゴム相の結合点であるが、これは普通の加硫ゴムの架橋点に等しい役割を果す。さらにドメインは、高補強性のフィラーとしての役割も果す。このことはTR(注、熱可塑性ゴム)とポリブタジエン加硫物との強度比較で説明できる。(表-1)」(甲第6号証3頁中段)と記載され、その第1表には、「カリフレックスTR(SBS)未加硫」の引張り強度がポリブタジエン加硫物のそれに勝ることが記載されている。

引用例3には、「ビチュメンへのTRの添加は、ゴムの混入を意味し特に低温時においてすぐれた物性を持った商品を得ることができる。TRは加熱し、溶解することによってビチュメン内で分散され、冷却されると連続したゴムネットワークを形成する。」と記載され、この記載における「ゴム」がいわゆる「加硫ゴム」を意味していることは、文脈及びゴムという言葉の通常の用法に照らし明らかである。

そうとすると、上記熱可塑性ゴムを配合したアスファルトが、本願明細書で「ゴムアスファルトシートに下地からの蒸気、空気の排出のため多数条の凹溝を設けようとすれば、ゴム分として通常のゴムが用いられているので、シート製造において十分な加硫が必要であり、」(甲第4号証、昭和63年9月2日付け手続補正書3頁3~7)とされる場合に十分な加硫をしたものと同等の性質を有することは、熱可塑性ゴム自体の有する上記性質から見て、容易に類推しうるものといわなければならない。

〈2〉 熱可塑性ゴムを配合したアスファルトの粘着度について

原告は、ゴムアスファルト一般も熱可塑性ゴム入りアスファルトも、粘着度が高いものであって、シートに成形し、あるいはこれに加工することは困難であるとするのが、本願出願前の技術常識であった旨主張するが、少なくとも熱可塑性ゴム入りアスファルトについては、誤りである。

すなわち、引用例1には、「1.はじめに」の項に、ビチュメン/ゴム混合物について記載されており、その中には

「わずか5%程度のカリフレックス熱可塑性ゴムが相溶している系において、60℃における粘度-これは30倍以上の増加ですが-が明らかに改善されています。TR(注、熱可塑性ゴム)の添加量が30%に上がるにつれて、製品は弾力性、伸び、引張り強度のいちゞるしい増加がみられます。これらの利点は、成形、押出し、カレンダーによるシーティングのような製品と同時に、接着剤、シーラント、コーティング等の用途に使用ことが、できます。」(甲第5号証2頁18~22行)

との記載があり、「4.4.3.混合」には、

「100重量部(100重量部のTRに対し)以上のビチュメンを使用する場合、粘着が問題になることもあります。後の問題は、最初にあまり粘着性のないビチュメンレベルでマスターバッチをつくることによって解決できます。粘着性は又同時に他の充填剤にも依存しております。例えば、より多く充填剤を加えるとより多くのビチュメンを加えることができます。このようなコンパウンドの例が次のシーティングの配合です。」(同15頁16~21行)

との記載があり、これらの記載によれば、熱可塑性ゴム入りアスファルトにおいて、アスファルトの配合量が比較的少なければ粘着性は問題にならず、また、アスファルトの配合量が多い場合であっても、配合組成等の調整によって、例えばシーティング配合を得ることができ、例えばカレンダーによるシーティングのような製品を問題なく得られることが、当業者によく知られていたことは明らかである。

(3)  原告は、その他種々主張するが、いずれも、上述したところに影響を与えるようなものではない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する(書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。)。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(各引用例の公知文献性の認定の誤り)について

シェル化学株式会社取締役ポリマー部長渡辺弘育が、昭和61年11月10日付けで、日新工業株式会社宛「カリフレックスTR技術資料の頒布証明について」と題する有印の証明書(審判事件甲第6号証、本訴乙第1号証)を作成したこと、同証明書の記載内容が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。

この事実と、引用例1~3が、その記載内容からして、いずれも、シェル化学株式会社の製品である熱可塑性ゴム「カリフレックスTR」につき、その性質、用途等を説明し、自社製品の優位性を宣伝し、販売促進に資するることを目的としたものであり、そうである以上、その秘密性が問題とされる文献ではないと認められることに照らせば、引用例1~3は、本願出願日(昭和58年1月14日)前、既にシェル化学株式会社の得意先のみならず、その他の関連業者等広く第三者に頒布されていたものと認めることができる。

シェル化学株式会社と異議申立人である日新工業株式会社とが取引関係にあることは、上記認定を妨げる根拠にはなりえず、その他上記認定を妨げる資料は、原告の提出しないところであるし、本件全証拠を検討してもこれを見出すことができない。

以上のとおりであるから、引用例1~3はいずれも、本願発明との関係において、特許法29条1項3号の定める刊行物に該当するものというべきである。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点についての認定判断の誤りに基づく構成の容易推考性についての判断の誤り)について

(1)  本願発明の規定する、ベント口と連通するよう片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するよう成形した防水シートの構造自体(本件構造)が本願出願前知られていたことも、周知か公知かは別として、原告の認めるところである。

第8号証~第10号証によれば、審決が周知例として参照した各公報(参照公報1~3)は、いずれも本願出願の3~4年前に公告あるいは公開されていることが認められ、これら各公報には、本件構造あるいはその一部の構造の採用及びその構造が採用される理由につき、次のとおり記載されていることが認められる。

〈1〉 参照公報1(特公昭54-9415号公報)

多数の条溝又は多数の陥没部を有する軽量シートをゴムシートに貼り合わせたもので構成された防水シートが記載されており、この構成に関連するものとして以下の記載がある。

「本発明は防水シートに関するもので、その目的とするところは、施行後コンクリートなどの下地面より発生する湿気あるいは施行時下地面と防水シートの間に内包された空気が外気温の上昇により膨張し、これらによつて防水シートが部分的に隆起するのを防止することができる防水シートを得ようとするものである。」(甲第8号証1欄34行~2欄3行)

「条溝幅部もしくは陥没部の面積は平坦部表面積の約10~50%好ましくは20~40%の範囲にあるときに、防水シートの隆起現象をなくし、且防水シートとしての効果が最もよく発揮される。10%以下であると必然的に条溝幅もしくは陥没部が小さくなり、施工時下地面に塗設される接着物例えば接着剤、モルタル、アスフアルトなどが条溝内もしくは陥没部内に充填され、後述するように膨張した湿気、空気を拡散させることができない。」(同3欄34~43行)

「本発明の防水シートは以上の如く構成されているので、施工後下地面より発生する湿気は多数の条溝もしくは多数の陥没部内へ拡散されてしまい外気温によって湿気が膨張しても、防水シートに隆起を起こされることがない。また施工時内包した空気はベンチレーシヨンなどで外部に導くことも可能であり、仮に残留して外気温により膨張しても条溝もしくは陥没部内に拡散され防水シートに局部的な隆起を起こさせることがないという特徴を有する。」(同5欄3~12行)

〈2〉 参照公報2(特開昭54-156322号公報)

アスファルトあるいは合成高分子よりなる防水シートの裏面に感圧接着剤からなる突起を設け、その突起の間に溝路を設ける防水シートが記載されており、この構成に関連するものとして、以下の記載がある。

「本発明は、・・・又下地の乾燥が良好に行なわれ、下地からの水蒸気、或は下地と防水シートとの間の空気の膨張等によるふくれによる防水面のもち上がり、剥離等のない安定した防水シートを提供したもので、貼着するべき面に、その全面に亘り感圧性接着剤で多数の突起を多数の間隔を存して塗着形成すると共にこれによりこれら突起の間にシート端に開放する溝路を構成したことを特徴とする。」(甲第9号証2頁右上欄4~16行)

「このようにした防水施工面の適宜個所に複数個の孔をあけ、その夫々に排気筒(8)を各層防水シート(1)の裏面の溝路(3)と排気筒(8)内と連通するように第8図示のように設置する、然るときは、下層の防水シート(1)裏面と下地(7)面との間、表層の防水シート(1)と下層の防水シート(1)との間に該多数の突起(2)により形成された溝路(3)は該排気筒(8)を介し常時外気に連通開放された状態に置かれるので、下地に塗布したプライマー及び下層防水シート(1)上面に塗布した接着剤の乾燥が防水シートの施工後にも良好に行なわれ、更には、下地に含まれる水分の蒸散乾燥も達成出来、従来のような水分含有による露結、凍結等が防止される。更に、その下地と防水シートの間に水蒸気、ガスの膨張があつても、直ちに防水シート全面に亘る縦横に走る溝路(3)に拡散し防水シートとの気温変化等による局部的ふくれが防止されて常に安定な状態が保たれる。」(同3頁左上欄8行~右上欄6行、4頁第8図)

「このように本発明によるときは、・・・水蒸気によるふくれが防止できる効果を有し、・・・プライマー及び下地が良好に乾燥した良好な防水施工を行なうことが出来る等の効果を有する。」(同3頁左下欄11行~3頁右下欄6行)

〈3〉 参照公報3(特開昭55-155858号公報)

「排気用ベント口と連通するよう片面に多数条の互いに連通した凹溝を有する」構造を防水シートの素材となる合成樹脂自体に一体的に成形したものが記載されており、この構造に関連するものとして以下の記載がある。

「またコンクリートから発生する水分や空気の膨張等により塗装表面にふくれを生じ平滑面に歪をつくり、テニスコートのような運動場にとつては致命傷となる欠点がある。

そこで本発明者はふくれが生じない防水層で耐クラツク製及び耐候性もすぐれた工法を開発した。」(甲第10号証1頁右下欄2~7行)

「したがつてコンクリートから発生する水分は前記の連通溝を通って空気抜8から放出するので塗装表面にふくれが全く起らないものとなる特徴がある。」(同2頁左上欄11~14行)

「特に下地に含まれた水分、空気などの膨張、収縮作用を連通溝が吸収分散させるので防水層にふくれが生ずることがなく耐久性があるなどのすぐれた特徴がある。」(同2頁右上欄6~9行)

これら各公報の頒布の時期が本願出願の3~4年前であることを前提に、上記各記載の内容を見れば、本件構造自体についても、また、これを採用することによる利点が、下地からの蒸気、空気のための空間を提供し、それを外部に排出することであるについても、本願出願前、当業者にとって周知となっていたことは、明らかなことと認められる。

(2)  そうとすれば、本件構造がこのような利点を有することから、本件構造を備えた防水シートを製造しようとする当業者が、上記周知例に挙げられたような従来の素材よりも、よりこれに適した素材があれば、これを採用してみようと考えることは当然のことであり、このように考えることに格別に困難性はないといわなければならない。

本願発明は、その要旨に示されるとおり、「アスファルト100重量部に対しゴム分として熱可塑性ゴムを少なくとも5重量部配合したゴムアスファルトを、排気用ベント口と連通する様片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するシートに成形することを特徴とする防水シートの製造法」であって、要は、この要旨に規定された熱可塑性ゴム入りアスファルトを用いて、本件構造を備えた防水シートを製造する方法である。

そして、この要旨に規定された範囲内の熱可塑性ゴム入りアスファルトを用いて防水シートを製造することが引用例1~3に記載されているということ自体は、原告も認めるところである。

そうとすれば、この防水シートを製造するに当たり、周知の本件構造を採用することも、当業者にとって容易になしえたことといわなければならない。

(3)  原告は、本件構造の採否を決定するに当たっては、どのような構成にするか(例えば、一体的に成形するか、接着剤シート等を付加するか)、どのような材料あるいは材質を採用するかが重要である旨主張する。

しかし、本件構造自体に上記利点があることが知られている以上、これを有効に利用するため、この構造に耐える素材を求め、可能性があるものがみつかれば、これを試してみようとすることは、当業者にとって極く自然な行動であるということができる。

この点に関連して、原告は、本件構造自体は知られていたとしても、この構造をゴムアスファルトからなる防水シートに適用することは、ゴムアスファルトが一般に有するものと考えられていた強度及び粘着性からして、技術常識に反するものであったことを強調する。

しかし、引用例3には、引用例1~3に示された熱可塑性ゴム入りアスファルトがその最大の用途である平屋根用のルーフィング・フェルトのコーティングに用いられた場合、「反復される屋根の温度変化に対応する能力を持った優れた弾性」、「業者が寒い気候でもルーフィング・フェルトを敷設できるような低温時でのすぐれた柔軟性」、「フェルトの厚さの減少を可能にし、すぐれた強度をもたせる」、「60~70℃での永久ひずみ、punc-tureおよび引き裂きに対するすぐれた抵抗性」、「被着支持体内でのひびあるいは割れのbridge movementに対するより大きい包容力および加重による疲労に対するより優れた抗性」(甲第7号証2頁「2-2ルーフィング・フェルト」の項)を示すことが記載され、その強度については、引用例2の第1表(甲第6号証3頁)に、「カリフレックスTR(SBS)未加硫」の引張り強度がポリブタジエン加硫物のそれに勝ることが記載され、また、引用例3(甲第7号証)には、

「カリフレックス熱可塑性ゴム(TR)は熱可塑性の挙動誉持ち合わせた、加硫ゴムに似たエラストマーの特徴をもっている。カリフレックスがどのように作用するかのメカニズム及びビチュメンの改質においてどのような役割を果たすのかを理解することは重要である。熱可塑性ゴムは2種の相溶しないポリマーすなわち室温より高いガラス転移点を持っているプラスチック相(ポリスチレン)と室温よりも低いガラス転移点をもっているゴム相(ポリブタジエンあるいはポリイソプレン)によって構成されている。このために加工時と使用時の温度では異なった物性を示す(たとえば、ミキサー中で160℃に加熱された時にはプラスチック相が作用し、室温に冷やされるとゴム弾性を持った物質となる)。」(同1頁下から7~末行)

「ビチュメンへのTRの添加は、ゴムの混入を意味し特に低温時においてすぐれた物性をもった商品を得ることができる。TRを加熱し、溶解することによってビチュメン内で分散され、冷却されると連続したゴムネットワークを形成する。」(同2頁本文7~9行)

と記載されており、これらの記載によれば、引用例1~3に記載された熱可塑性ゴム入りアスファルトが、本件構造に成形した場合にも、十分の強度を有し、従来のゴムアスファルトにおいて見られたような、「もし加硫が不十分であればシートに圧力がかかった時にシートの形くずれが発生し、特に凹溝がつぶれて目づまりを生じ易くその適気性能が著しく低下する」(甲第4号証補正の内容(2)3頁6~9行)欠点が改良されるであろうことは容易に推認できるものと認められる。

粘着度についても、引用例1(甲第5号証)には、

「わずか5%程度のカリフレックス熱可塑性ゴムが相溶している系において、60℃における粘度-これは30倍以上の増加ですが-が明らかに改善されています。TRの添加量が30%に上がるにつれて、製品は弾力性、伸び、引張り強度のいちゞるしい増加がみられます。これらの利点は、成形、押出し、カレンダーによるシーティングのような製品と同時に、接着剤、シーラント、コーティング等の用途に使用することが、できます。」(同2頁18~22行)

「100重量部(100重量部のTRに対し)以上のビチュメンを使用する場合、粘着が問題になることもあります。後の問題は、最初にあまり粘着性のないビチュメンレベルでマスターバッチをつくることによって解決できます。粘着性は又同時に他の充填剤にも依存しております。例えば、より多く充填剤を加えるとより多くのビチュメンを加えることができます。このようなコンパウンドの例が次のシーティングの配合です。」(同15頁16~21行)

との記載があることが認められ、これによれば、引用例1~3記載の熱可塑性ゴム入りアスファルトにおいて、アスファルトの配合量が比較的少なければ粘着性は問題にならず、また、アスファルトの配合量が多い場合であっても、配合組成等の調整によって、例えばシーティング配合を得ることができ、例えばカレンダーによるシーティングのような製品を問題なく得られることが、容易に推測できたものということができる。

本願発明が、この引用例1~3に記載された熱可塑性ゴム入りアスファルトが従来のゴム入りアスファルトに比べて有する優れた物性に依拠していることは、本願明細書の、「本発明方法においては熱可塑性ゴムが使用されるが、これは溶融して所定の形状に成形するのみで加硫なしでゴム製品が得られる。この様なゴムとして、たとえばリチウム触媒を用いて製造されるブタジエン・スチレンのSBSブロツクポリマー(たとえばシエル社製カリフレツクス)が例示できる。」(甲第2号証2欄24行~3欄6行)との記載から明らかである。

したがって、原告の上記主張は、いずれも前示判断を覆すに足りるものということはできない。

(4)  原告は、その他種々主張するが、いずれも、上述したところに影響を与えるようなものではないことは明らかである。2、3の点について触れておくと、次のとおりである。

原告は、本願発明の成功は、従来のゴム入りアスファルトに代えて熱可塑性アスファルトを採用し、かつ、アスファルトと熱可塑性ゴムとの配合を限定することにより、得られた旨主張する。

しかし、上述のとおり、本願発明の要旨に規定する熱可塑性ゴム入りアスファルトを防水シートとすることは、この素材の優れた物性とともに、引用例1~3に記載されることにより既に公知となっていたのであり、また、「アスファルト100重量部に対しゴム分として熱可塑性ゴムを少なくとも5重量部配合」するとの程度の限定に、臨界的意義があることを認めるに足りる証拠はなく、これに配合の限定として格別の意義を認めることはできない。

また、ある発明の実施による製品が商品として成功するか否かは、種々の要素によって決まることであり、推考の容易な発明であるからといって、それによるものが直ちに製品化されるというやけのものでないことは、当裁判所に顕著な事実であるから、仮に原告主張のとおり、引用例及び参照公報が公知となった時点から本願出願時までの間に、本願発明に係る製品の製品化の試みがなかったとしても、その事実が直ちに本願発明の推考の困難性に結び付くわけではない。また、本願出願前、上記製品化の試みがなかった理由がその推考の困難さ以外にないとの事情を認めるに足りる証拠はない。

さらに、原告は特公昭61-26943号公報の発明(別件発明)に言及しているが、甲第11、第12号証によれば、同公報に係る発明と本願発明とは、発明の構成も引用された引用例も異なるから、別件発明に進歩性があるとされたことが、本願発明についての上記判断に影響を及ぼす理由とはならない。

(5)  したがって、本願発明は引用例発明1~3に基づき当業者が容易に推考できるものであるとした審決の判断に誤りがあるものということはできない。

原告主張の取消事由2は理由がない。

3  以上のとおり、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

昭和63年審判第13895号

審決

東京都千代田区平河町2-4-16

請求人 株式会社 ダイフレックス

東京都港区虎ノ門5丁目13番1号 虎ノ門40森ビル 山下国際特許事務所

代理人弁理士 山下穣平

昭和58年特許願第3378号「防水シートの製造法」拒絶査定に対する審判事件(昭和61年9月17日出願公告、特公昭61-41736)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

1.本願は、昭和58年1月14日の出願であって、その発明の要旨は、出願公告後に、特許法第64条第1項の規定により、昭和62年7月10日付け手続補正書によって、更に、当審請求に際し、特許法第17条の3第1項の規定により、昭和63年9月2日付け手続補正書によって、補正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲に記載された次のとおりのものと認める。

「アスファルト100重量部に対しゴム分として熱可塑性ゴムを少なくとも5重量部配合したゴムアスファルトを、排気用ベント口と連通する様片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するシートに成形することを特徴とする防水シートの製造法。」

2.これに対して、原審における特許異議申立人、日新工業株式会社が提出した甲第3号証「カリフレックス技術資料 No.TB.70 “カリフレックス”熱可塑性ゴムービチュメンへの応用-」(以下、「引用例1」という。)の第4頁には「2.4.1.概略」及び「2.4.2.カリフレックスTRのタイプ」として、「カリフレックス」が熱可塑性のゴムであって、「カリフレックスTR-1101」は高分子両のSBS、即ち、ポリスチレンーポリブタジェンーポリスチレンのタイプのブロック共重合体である旨が、同第15頁には「4.4.4.シーティング配合」として、ビチュメン200重量部及び「カリフレックスTR-1101」100重量部を含有するシーティング配合物が、ルーフィング、防水膜等の用途を有することが、また、同第18頁には「6.4.押し出しとカレンダリング」として、シーティング用コンパウンド(配合物)を押し出し及びカレンダリングしてシートを得る旨が、記載されていると認められる。

同じく、甲第4号証「技術資料 No.TB-81 カリフレックスTRについて」(以下、「引用例2」という。)の第12頁には「2.4.1.アスファルトブレンド」として、アスファルトは温度に対して非常に敏感であるという欠点をもっており、寒冷時には硬く、もろくなり、暑い時には軟かくなること、これらの性質は、少量のゴム成分を混入することにより改善され、接着力、凝集力といった特性が向上すること、従来のゴム入りアスファルトには、SBR(スチレンブタジエンゴム)等が用いられていたが、TR(熱可塑性ゴム)を用いることにより同濃度でより効果的であり、加工性も向上したこと、5%程度のTR1101を混ぜることにより、高温時のダレ現象をおさえることができること、及び、このようなゴム入りアスファルトは、コーティング等に使用されていることが、記載されていると認められる。

同じく、第5号証「カリフレックス技術資料No.TB-83 熱可塑性ゴムによるビチュメンの改質」(以下、「引用例3」という。)の第1頁には「1.はじめに」として、ビチュメン(アスファルト)は防水剤、コーティング剤等として、特にルーフィング工業用のコーティング剤として広く用いられていることが、同第2頁には「2-2ルーフィング・フェルト」として、TR/ビチュメンブレンドの最大の用途は平屋根用のルーフィング・フエルトのコーティングであり、〈1〉フェルトの厚さの減少を可能とし、優れた強度を持たせること、〈2〉被着支持体内でのひびあるいは割れに対する包容力及び加重による疲労に対する優れた坑性を有すること等の優位性を持っていることが、また、同第4頁には「3-1 ビチュメンの性質に対するカリフレックスTRの影響」として、TR1101の含有量(%)が5~12のTR/ビチュメンブレンドが、記載されていると認められる。

そして、前記引用例1~3が、各々、昭和51年2月、昭和51年12月及び昭和56年3月に、シェル化学株式会社により、印刷・発行され、頒布された刊行物であることは、同じく甲第6号証である昭和61年11月10日付けのシェル化学株式会社、取締役、ボリマー部長発、前記特許異議申立人宛の「カリフレックスTR技術資料の頒布証明について」との有印証明書及び前記引用例1~3の最終頁の年・月の記載からみて、明らかであると認められる。

3.次に、本願発明と前記各引用例に記載されたものとを対比すると、本願発明に係るアスファルト(なお、「アスファルト」と「ビチュメン」とは、同義である。)100重量部に対して熱可塑性ゴムを少なくとも5重量部配合したゴムアスファルトは、前記各引用例に記載されていると認められる。一方、前記各引用例には、本願発明の構成要件である、排気用ベント口と連通する様片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するシートに成形して防水シートの製造することが、明示されていない点において、一応、相違している。

4.前記相違点について、更に審究する。

本願明細書にも記載されているように、排気用ベント口と連通する様片面に多数条の互いに連通した凹溝を有するよう成形した防水シートの構造自体は、当業者に周知のものであり(必要ならば、特公昭54-9415号公報、特開昭54-156322号公報、特開昭55-155858号公報参照)、また、本願明細書にも記載されているように、各種建築物の防水のためのゴムアスファルトからなる防水シート自体は、一般によく知られているものと認められる。そして、前記のようにアスファルトにSBR等を混入した従来のゴムアスファルトと比較しての、熱可塑性ゴムを混入したものの物性等の優位性は、前記引用例2に明記されているところであり、しかも、前記引用例1には、熱可塑性ゴム及びアスファルトを含有するシーティング配合物が、ルーフィング、防水膜等の用途を有すること、及び、シーティング用配合物を押し出し及びカレンダリングしてシートを得る旨が、記載され、更に、前記引用例3には、熱可塑性ゴム入りアスファルトを平屋根用のルーフィング・フェルトのコーティングに用いること及び強度、加重疲労に対する坑性等に優れたものが得られる旨が、記載されている。してみると、従来のゴムアスファルトに代えて、前記熱可塑性ゴム入りアスファルトを採用し、前記周知構造に成形して、防水シートを製造することは、当業者が容易に推考し得る程度のものと認められる。

5.そして、本願発明が前記各引用例の記載からは予測し得ない格別の効果を奏するものであるとも、認めることができない。

6.従って、本願発明は、前記各引用例に記載された発明に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定に該当特許を受けることができないものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成3年10月24日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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